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自殺者たちの死後4

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トップページ自殺者たちの死後4自殺後に肉体的苦痛を訴える自殺霊

自殺後に肉体的苦痛を訴える自殺霊

 次は『霊との対話 天国と地獄』からです。

『霊との対話 天国と地獄』 幸福の科学出版刊 この書籍は、フランス人のアラン・カルデックが百五十年ほど前に出版したもので、最近ようやく邦訳版が出ました。そのタイトルどおり、さまざまな霊との対話が収められています。それは天国と呼ばれている高級霊界に昇った霊からの便りであったり、地獄と呼ばれている低級霊界に落ちた霊からの懺悔であったりします。ここでは、地獄に落ちた自殺霊からの通信を紹介していきます。なお、この書籍は『霊との対話 天国と地獄』と『霊との対話 天国と地獄U』の二冊に分けられて出版されています。

 カルデックはある身元不明の自殺霊を招霊しました。彼は公衆浴場で、カミソリで首を切って自殺したのでした。とても混乱しており、自分はまだ生きていると思っていました。次のやりとりはカルデックとその自殺霊との問答です。

:いま、あなたはどこにいますか?
:分かりません……。ああ、私がいまどこにいるのか教えてください。

:あなたは、いま、霊実在論を研究している人々、あなたを好意的に迎えようとしている人々のあいだにいます。
:私はまだ生きているのですか……。棺桶の中で窒息しそうです

:ここに来るように、誰かに勧められたのですか?
:何か、ほっとしたことを覚えています。

:どうして自殺などしたのですか?
:では、私は死んでいるのですか……。いや、そんなことはない……。まだ、体の中にいますから……。私がどれほど苦しいか、あなたがたには分からないでしょう。ああ、息が詰まる!誰か、優しくとどめを刺してくれないだろうか?

:どうして身元を確認できるようなものを何も残さなかったのですか?
:私は、みなに見放されたからです。苦しみから逃れようとしたのに、これでは、まるで拷問です。

:いまでも身元を知られるのはいやですか?
:ええ。どうか、血が噴き出している傷口に、赤く焼けた鉄を押しつけるようなまねはしないでください。

:お名前、お年、職業、住所を教えていただけませんか?
:いやです!どれも教えたくない。

:家族はおありでしたか?奥さんは?子供は?
:私は、みなから見放されたのです。もう誰も愛してくれません。

:どうして、そんなことになったのですか?
:ああ、どれくらい多い人が私のようになっていることだろう……。家族の誰からも愛されなくなってしまった……、もう誰にも愛されないんだ!

:いよいよ自殺をしようとしたとき、ためらいはなかったのですか?
:とにかく死にたかったのです……。疲れ果てていたので、休息が欲しかった。

:「将来のことを考えて思いとどまる」という可能性はなかったのですか?
:私には、将来は、もはやありませんでした。希望をすっかり失っていたのです。希望がなければ、将来のことなど考えられません。

:生命が失われる瞬間は、どんな感じがしましたか?
:よく分かりません。私が感じたのは……。
 だいたい、私の生命はまだ失われていません……。私の魂は、まだ身体につながっています。ああ、蛆虫が私の身体を食っているのが感じられる!

(P.163-165)

 前のページで紹介したシルバーバーチ霊によると、一般的な死の場合、死体を火葬するときは三日間は待ったほうがよいそうです。その理由は、霊が肉体から完全に分離するためにはそれ位の時間がかかる場合があり、不完全な状態のまま火葬にすると、霊が多少なりともダメージを受けてしまうからです。

 一方、この身元不明の霊は肉体がその機能を失ってからすでに六日も経っています。本来ならすでに肉体と霊との分離が完了していてもよいはずなのですが、そうはなっていません。その理由はもちろん自殺という手段でそれを迎えたからです。自然死の場合は死を迎えるまでの間に肉体と霊との分離が容易に進むよう準備がなされますが、自殺のような不自然死ではその準備がなされておらず、肉体と霊との分離に長い時間を要する場合があるのです。この身元不明の霊は埋葬されたので、霊が肉体に繋がれている間は、それが腐敗していくときの感覚、また蛆が肉体を食べているときの感覚を感じて苦しむことになります。

『スピリットランド』 コスモトゥーワン刊 上の事例では自殺者が棺桶の中で苦しんでいることが分かりますが、これとよく似た状況を『スピリットランド』の中に見ることができます。この書籍も霊界通信によって書かれた本で、通信霊のフランチェッツォというイタリア人が、主に霊界の低階層(地獄)での探索記をまとめたものです。この書籍は学ぶべきことが大変多く書かれており、たくさんの人に読んで頂きたい一冊でもあります。

 通信霊のフランチェッツォは地獄のある地域の探索を行っていました。そこで地上での知人を見つけます。彼はベネデット(仮名)という名で、ある事情で自殺してしまいました。フランチェッツォは探索を共にしている友人からベネデットの自殺直後の様子を次のように教えられます。

「彼が気がついてみると恐ろしいことに自分が墓の中の柩の中に閉じ込められているのを知ったのです。彼は自分の物質的肉体を破壊しましたが、崩壊する肉体が魂を開放するまでの間は自由にはなれなかったのです。腐敗する肉体の分子は、まだ霊魂を包んでいますので肉体と霊魂の絆は切れていません。
 その状態はどれほど恐ろしいことでしょうか?そんなことを聞いたことのある人がいますか?そしてそんなひどく辛い状態に魂が投げ込まれていることに愕然としない人がいるでしょうか?そんな犠牲を払っても何とかして開放されたいという欲望を持つようになるのです。
 もし地上の皆さんが自殺した者に本当に慈悲深くあろうとするなら、その肉体を火葬にすべきで埋葬すべきではありません。火葬にすれば肉体の分子の速やかな分散をもたらし、魂はより速く肉体の牢獄から解放されるわけですから。
 自殺した魂は肉体を離脱する準備ができていません。丁度、未熟な果実のようなもので、その実を育ててきた地上の木からすぐ落ちるようにはなっていません。彼はこうして大変なショックに見舞われたわけですが、連結のリンクが萎んで消え果るまでは、腐敗する肉体に付きまとわれるのです
 ときどきベネデットは意識をなくしましたが、そのときはしばらく、このひどい状態に対する感覚をなくすこともあり、そんな慈悲深い忘却の状態から目覚めてみると、少しずつ物質的肉体が霊魂を束縛する力を失って塵となり、崩壊しつつあることを知りました。それでも肉体が穏やかに崩壊していく間は、全ての痛みを感じて苦しまねばなりませんでした。肉体が突然破壊されると、その霊魂は急激な痛みを伴うショックを受けますが、少なくともゆっくり崩壊するときの緩慢な拷問はないわけです。(…後略…)」

(P.272-273)

 二つ目の下線部で「連結のリンク」という言葉がありますが、これはこのページで説明した肉体と霊体とを繋ぐシルバーコードのことです。このコードが切れない限り、霊は肉体から自由になることはできません。

 上記で示した二つの事例は、別々の国と時代の霊からの霊界通信ですが、共に似たような死後の苦しみを伝えています。自殺後に火葬ではなく埋葬されたことにより、霊は肉体とのつながりが完全に消えるまでは肉体的苦痛を感じ続けるというものです。これは非常に恐ろしい状態である思われます。

 ここでフランチェッツォの友人は「自殺した肉体は火葬にすべきだ」と言っていますが、その際は上で説明したとおり、まだ霊は肉体につながれてますから火葬にすればショックを受けます。その際の熱さに苦しむ訳です。ですが、腐敗していく肉体に閉じ込められ続けるよりは幾分ましかもしれません。彼が最後に「少なくともゆっくり崩壊するときのような拷問はない」と言ったように……。

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トップページ自殺者たちの死後4戦国時代に生きた女性の自殺後

戦国時代に生きた女性の自殺後

 次は『霊界通信 小桜姫物語』からです。

『霊界通信 小桜姫物語』 潮文社刊 この書籍は、戦前に活躍した心霊研究家の妻で霊媒だった女性の守護霊からの霊界通信です。この守護霊は地上で「小桜姫」と呼ばれ、戦国時代に生きた女性でした。彼女はこの中で自身の霊界での修行の様子やその世界の体験記を伝えています。この本で興味深いのは、欧米の霊界通信では知り得ない日本的な霊界を知ることができることです。

 小桜姫がまだ地上に生きていたとき、淳子(あつこ)という名の女性と親交があったのですが、この女性は不幸が重なって自殺してしまいます。その後、小桜姫と霊界で再会するのですが、その時にこの女性は小桜姫に対し自殺直後の様子を次のように語っています。なお、ここでは文章を一部現代風に(勝手に)直してありますのでご了承ください。

「死後私はしばらくは何事も知らずに無自覚で暮らしました。従ってその期間がどれ位つづいたか、むろん判る筈はありません。そのうちふと誰かに自分の名を呼ばれたように感じて眼を開きましたが、辺りは見渡すかぎり真暗闇、なにが何やらさっぱり判らないのでした。それでも私はすぐに、自分はもう死んでいるな、と思いました。もともと死ぬ覚悟でいましたから、死ということは私には何でもないものでしたが、ただ辺りの暗いのにはほとほと弱ってしまいました。しかもそれがただの暗さとは何となく違うのです。例えば深い深い穴蔵の奥といったような具合で、空気がしっとりと肌に冷たく感じられ、そして暗い中に何やらうようよ動いているものが見えるのです。それはちょうど悪夢に襲われているような感じで、その不気味さと申したらまったくお話になりません。そしてよくよく見つめると、その動いているものが、何れも皆異様な人間なのです。――頭髪を振り乱しているもの、身に一糸も纏わない裸体のもの、血みどろに傷ついて居るもの……ただの一人として満足な姿をしたものは居ません。殊に気味の悪かったのは私のすぐ傍に居る、一人の若い男で、太い荒縄で、裸身をグルグルと巻かれ、ちっとも身動きができなくされております。すると、そこへ怒りの眥(まなじり)を釣り上げた、一人の若い女が現れて、口惜しい口惜しいとわめきつづけながら、件の男にとびかかって、頭髪を毟ったり、顔面を引っかいたり、足で蹴ったり、踏んだり、とても乱暴な真似をいたします。私はその時、きっとこの女はこの男の手にかかって死んだのだろうと思いましたが、とにかくこんな呵責の光景を見るにつけても、自分の現世で犯した罪悪がだんだん怖くなってどうにも仕方なくなりました。私のような強情なものが、どうやら熱心に神様におすがりする気持ちになりかけたのは、ひとえにこの暗闇の内部の、世にもものすごい懲戒(みせしめ)の賜物でした……。」

(P.135-137)

 時代が違っていても自殺者が行くことになる世界は同じような所なのでしょう。この女性の場合は自殺後、すぐに霊界の低階層に落ちていったことが分かります。さらに彼女の体験は自殺者たちの死後1で紹介したアンジーとステラの体験と似ていることも分かります。

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トップページ自殺者たちの死後4自殺した唯物主義者

自殺した唯物主義者

 次は『霊との対話 天国と地獄U』からです。これは上で紹介した『霊との対話 天国と地獄』の続編になります。

『霊との対話 天国と地獄U』 幸福の科学出版刊 J・D氏は高学歴でしたが、極度の唯物主義者で神も死後の世界の存在もまったく信じていませんでした。そして、「希望のない人生がいやになった」という理由で自殺してしまいます。次の引用文は招霊されたJ・D氏とカルデックのやりとりです。

:招霊します……。
:ああ、苦しい!俺は神から見放された。

:あなたのその後を心配されているご家族からの依頼で、こうして招霊させていただきましたが、こうして招霊することは、あなたに苦痛を与えることになったのでしょうか?
:そうだ。つらい。

:あなたは、みずから死を選ばれたのですか?
:そのとおりだ。

(P.126-127)

 招霊されたこの霊の場合、乗り移った霊媒の腕を使って紙に筆記する形でカルデックの質問に答えています。その文字はとても乱れており、最初は怒りのあまり鉛筆を折ったり紙を破ったりしたようです。

:落ち着いてください。われわれは全員であなたのために神に祈りましょう。
:なんだと?俺に神を信じさせるつもりなのか?

:どうして自殺などしたのですか?
:希望のない人生がほとほといやになったからだ。

:あなたは人生のもろもろの不幸から逃れようと思って自殺したわけですが、それで何か得るところはありましたか?生前よりも幸福になりましたか?
:死んだあとに、どうして虚無が存在しないのだ?

:どうぞ、可能なかぎりあなたのいまの状態を教えてください。
:かつて否定していたことをすべて信じなければならないために、ひどく苦しんでいる。俺の魂は、まるで燃え盛る火の中に投げ込まれたみたいだ。本当に恐ろしい苦しみだ。

:どうして、生前、唯物主義者だったのですか?
:それよりも以前の人生で、俺は意地の悪い人間だったのだ。そのために、今回の人生で、俺は一生のあいだ疑いに苛まれることになった。そのために自殺したわけだが。

:水中に沈んで、いよいよ死にそうになったとき、いったい自分はどうなると思いましたか?その瞬間に、どんなことを考えましたか?
:何も考えなかった。何しろ、死後は虚無だと思っていたからな。あとになって、まだまだこれから苦しむのだということを知った。

:いまでは、「神も、魂も、あの世もある」ということが分かったのではありませんか?
:ああ!あまりにも苦しくて、そういったことはよく分からない!

:あなたが生前属していた団体には、生前のあなたと同じような考えをしている人々が多いようですが、彼らに何か伝えたいことはありますか?
:ああ、なんと不幸な人たちだろう!彼らがあの世を信じられるようになるといいのだが。それが、俺が望む最大のことだ。いま俺がどうなっているかを彼らが知ることができれば、きっと考えも変わるだろうと思う。

(P.127-132)

 とても単純な、しかしとても大切な霊的法則があります。それは、「与えたものを授かる」というものです。これには様々な言い方があり、“カルマの法則”や“因果律”、または“因果応報の法則”などと呼ばれています。これは、それがたとえ良い行いであっても悪い行いであっても、自分が行ったことはいずれ自分に返ってくるという意味です。物質界に生きてる私たち誰もが物理法則の影響を受けているのと同じように、この霊的法則は顕幽両界にわたる全宇宙に存在する存在物すべてを律しており、誰もその法則から逃れられる者はいません。

 この法則の働き方に一定の順序はなく、ひとつの行為がいつ自分に返ってくるか、またどのような形で返ってくるのかは誰にもわかりません。今生で行ったことが今生のうちに返ってくる場合もあれば、帰幽後や次の地上生活に持ち越される場合もあります。

 以上のことを念頭に入れて考えれば、「俺は以前の人生で意地の悪い人間だった」と語ったJ・D氏の前世が推測できます。つまり、J・D氏は前世では常に他人を疑心暗鬼にさせるような意地の悪い生き方をしてきたため、その結果として今生では自分自身が疑いにさいなまれ続けなければならない人生を送ることになってしまった、ということです。まさしく因果応報であり、前世で与えたものを今生で授かったという訳です。結局のところ、J・D氏は過去の自らの行為によって現在の自分自身を追い詰め、そして自殺してしまったことになります。

 このJ・D氏には他界していた兄がいました。弟のJ・D氏と同じように唯物主義者でしたが、カルデックに招霊されたときはとても落ち着いており、J・D氏のような混乱した様子はありませんでした。彼は自身や弟のような唯物主義者が死後、どのような苦しみを体験するのかを次のように説明しています。

:招霊します……。
:われわれの苦しんでいる姿が、あなたがたにとって教訓になりますように。そして、あなたがたが、あの世の存在を確信しますように。あの世では、われわれは、過ち、そして不信仰の償いをします。

:先ほどわれわれが招霊していたあなたの弟さんと会いましたか?
:いいえ。弟は、私を避けているようですので。

:あなたは弟さんよりも落ち着いているようですね。あなたがどのように苦しんでおられるのか、詳しく教えていただけますか?
:地上においても、あなたがたが自分の過ちを認めざるを得なくなったとき、思い上がりや慢心のゆえに苦しむことはありませんか?『あなたは間違っている』とはっきり指摘してくる人の前で、身を低くしなければならないとき、反発を感じるのではないですか?
 一生のあいだ、『死後には何も存在しない』と思いつづけてきた人間、しかも、『誰が何と言おうと絶対に自分が正しい』と思っていた人間が、『死後にも命がある』と知ったとき、どのように驚愕し、また苦しむと思いますか?
 突然、輝かしい真理の前に投げ出され、自分が無であると感じるのです。恥ずかしくて消え入りたくなります。しかも、その恥ずかしさに、かくも善で、かくも寛大な神の存在を、かくも長いあいだ忘れ果てていたことに対する後悔が付け加わるのです。これは実に耐えがたい苦しみです。安らぎどころではありません。平安どころではありません。そして、恩寵、すなわち神の愛がその身に及ぶまでは、決して心安らぐことがないのです。(…後略…)

(P.133-134)

 このように、地上で唯物主義者だった人は死後の世界ではとてもつらく苦しい状態に置かれていることが分かります。彼らの苦しみはかつて否定していた真実を受け入れるまで続きます。

 ただ、すべての唯物主義者がこの例に当てはまる訳ではありません。同じ唯物主義者であっても死後に違う様子を見せる場合もあります。例えば、死んで死後の世界に来ているにもかかわらず、「死後の世界は存在するのか?」という議題を延々と議論している唯物主義者の霊たちがいたり、死ねば無になり自我意識は消えて無くなると信じていたばかりに、ひたすら眠り続けている霊が存在したりします。また、自分がすでに死んで死者になっていることを理解できずに縁のある地上圏をうろつく地縛霊になってしまう場合もあります。

 霊界側からの視点で見ると、彼らは非常に困った存在のようです。なぜなら、指導霊たちが彼ら唯物主義者に対し“死者”になったことを理解させるためにとても多くの労力を注がねばならないからです。このような霊は非常に頑固で、“死後の世界は存在しない”という自らの固定観念をなかなか改めようとはしないため手を焼いてしまうのです。

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トップページ自殺者たちの死後4生まれ変わる度に自殺している霊

生まれ変わる度に自殺している霊

 自殺者の死後は悲惨です。ここまでのいくつかの事例を見ても分かるように、「自殺して良かった、正しかった」と言える状況は一つもありませんし、実際そうなのです。彼らは自殺すれば抱えている問題から開放され虚無に帰ることができると信じてそうする訳ですが、実は全く逆で、問題はより大きくなり、死後に置かれる環境は地上で生活していたときよりももっと辛いものとなります。

 地上では苦しい時にあってもある程度の息抜きはできますが、自殺後の世界ではすべての活動時間において“苦しみの連続”なのです。睡眠も食事も取れません。音楽やテレビ、ゲームのような娯楽も当然ありません。一瞬の猶予もなく苦しみが続くのです。

 “問題を大きくする”というのは、自殺霊はいずれ再び地上に生まれ変わって前回挫折した試練に再度直面させられてしまうからなのですが、その試練は自殺したことによる罰が加わってより大きなものになる場合もあるからです。これが“自殺すれば問題を大きくしてしまう”の意味です。

『霊との対話 天国と地獄U』 幸福の科学出版刊 『霊との対話 天国と地獄U』の中に、破産して首吊り自殺した霊が招霊されカルデックとやりとりをしているのですが、彼は「何度も同じ試練に敗れている」と嘆いています。つまり、生まれ変わるたびに自殺を繰り返しているのです。以下にそれを紹介します。

「(…前略…)現在、必要としているのは、お祈りのみです。もしお願いできるのであれば、私に付きまとっている恐ろしい者たち、私を嘲笑し、ののしり、ばかにする者たちから開放されるように祈ってください。彼らは私を『卑怯者』とののしりますが、確かにそのとおりなのです。人生から逃げるというのは、卑怯以外の何ものでもないからです
 私はいままでの転生で、この試練に四度も敗れているのですよ!今回も、『絶対に失敗しない』と固く誓ったはずだったのですが……。ああ、なんという宿命だろう。
 どうか、どうか、祈ってください。なんという拷問だろう。ああ、苦しい!どうか私のために祈ってください、そうすれば、私が地上にいたときにみなさんにしてさしあげた以上のことを、私にしてくださることになります。
 しかし、私がこんなに何度も敗れた試練が、目の前にどうしようもなく立ちはだかっています。いずれ、また、同じ試練に直面しなければならないのです。そんな力があるでしょうか?ああ、どうしてこんなに何度も同じような人生をやり直さなくてはいけないのでしょうか?どうしてこんなに長いあいだ戦いつづけたあげく、事件に巻き込まれ、意に反して敗北しなくてはならないのでしょうか?ああ、絶望的な気持ちになります。
 だから、力が必要なのです。お祈りは力を与えてくれるということですので、どうか、みなさん、私のために祈ってください。私もまた祈ります」

(P.145-146)

 この霊の前世がいかなるものであったかは書かれていませんが、おそらく今回と同じように金銭絡みによるものだったと思われます。欲をかいて財産を増やそうとしては破産し、そして自殺を繰り返しているのでしょう。著者のカルデックも指摘しているとおり、不必要な欲をかかず、今持っている財産だけで満足していれば自殺をしなくて済んだはずです。

 この霊の状況を見て判るとおり、自殺しても再び生まれ変わって前回と同じ状態に追い込まれることを知ってください。これを乗り越えてはじめて、この苦しみの輪から解放されることになるのです。もし乗り越えられなければ、同じような人生を何度も何度も繰り返すことになってしまいます。

 このページで紹介した他にも『霊との対話 天国と地獄』と『霊との対話 天国と地獄U』には多くの自殺霊による通信が収録されていますので、興味のある方はお読みになってみてください。

◆ ◆ ◆

 以上、ここまでは臨死体験や霊界通信が伝える事例によって、自殺者のその後がどのようなものになるかを見てきました。

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トップページ自殺者たちの死後4自殺霊は救われるか

自殺霊は救われるか

 自殺者の死後の状況は様々なパターンがあり、「このようになる」と断言することはできません。このサイトで見てきた事例でも、ある者は自殺後すぐに霊界の低階層、つまり地獄界に落ちていった者がいたり、地上圏に留まりひたすら自殺を繰り返す地縛霊になってしまうような者もいました。さらに自殺後に腐敗していく肉体に繋がれたまま苦痛を感じている霊がいれば、十年に亘って首を吊った自分の姿を見せ付けられていたと訴える霊もいました。中には自殺後に地縛霊となって身内に自殺をそそのかしている先祖霊さえもいました。

 このような自殺霊たちが、その置かれた環境下でどれくらいの期間生活しなければならないのかは、それぞれの霊ごとで変わってきます。その理由は、その霊の霊格の違いや霊的な知識の有無、また自殺した背景や動機などが人それぞれ違うからで、さらにその世界で生活している間の心掛けでも違いが出てくるからです。動機に“不純さ”が多いほど、受ける罰の大きさは変わってきます。

 ただし、このような状況下から解放されるには最低限のルールがあるようです。それは、例えば本来地上で七十五歳まで生きるはずだった人が四十歳で自殺した場合、三十五年間はこのような状態に置かれる、ということです。つまり本来の寿命が来るときまではそこから解放されることはないのです。これより長くなることはあっても、短くなることはありません。これは自殺に対する対価であり、霊としての新たな一歩を歩み出すためにはどうしても必要な苦しい過程です。

 地上でも楽しいときは時間の経過が早く感じますが、嫌なときや気分が落ち込んでいるときなどはそれがとても長く感じます。地獄界ではこの時間というものが非常に長く感じるといいます。最初に紹介したアンジー・フェニモアの言葉を借りれば、「この暗い牢獄では、一日も千日も千年もたいした変わりはない」という例え方をしています。ある霊界通信では、地獄に落ちてそこから抜け出すまでの期間を「何世紀、何十世紀も経過するように感じた」と語っている霊もいます。このように、自殺霊たちは自らが置かれている地獄的環境の中で、途方もない時間苦悩にさらされ続けることになってしまうのです。

 この自殺霊たちもいずれこのような状態から開放されるときが来ます。しかし、すでに見たように再び生まれ変わって同じ試練に会わされる可能性が非常に高いのです。自殺するということは霊的な留年です。解消すべき負のカルマを解消し、超えるべき試練を超え、学ぶべき教訓を学ぶまでは何度でも人生をやり直さなければならないのです。私たちは無理やり苦しい人生を歩まされている訳ではありません。なぜなら、この世へは自らの意思で降誕してくるからです。この世界を生き抜くことが自らを成長させ、死によって霊界へと帰還したときに、それまでの苦労に対して余りあるほどの栄誉を授かることができると知っているからです。

 ここで少し付け加えておくことがあります。一つ目は、もし誰かを(いじめ等で)自殺させるほどにまで追い込んだ者は、その自殺者よりもさらに大きな罪を背負い込むことになるということです。これは当然で、事実上の殺人行為だからです。さらに自殺サイトや掲示板などで安易に自殺を推奨したり、その方法を教えたりした者もいずれその責任を取らされることになります。私たちはそれが善きにつけ悪しきにつけ、自分の行為には責任を取らねばならないのです。誰かに知られていなければ何をしても良いという考えは通用しません。私たちは誰もが霊的法則(因果律・カルマの法則)の影響下にあり、すべての思想も行為もそれに見透かされているからです。人間の作った法律とは違い、霊的法則をごまかすことは絶対にできません。

 二つ目は、これは極端な例ですが、神風攻撃によって命を落としたパイロットと、現実逃避の手段として自殺した者とでは同じ自殺であってもその罪の大きさはまったく変わってくるということです。前者は罪を背負うことはありません。戦争という極限状態の中で、国を守るためという純粋な動機での行動のためです。後者は罪を背負うことになります。この世で果たすべき役割を放棄してしまうことは罪になります。私たち一人一人には、その人なりのこの世における役割と使命があるからです。これについては次のページで見ていきます。

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